銭湯体制につけ!


草津温泉

自分の時間のなかった前座時代、どうやって遊ぶかってことに苦労してた。
朝、師匠ン家に行って、それから寄席。ハネてから、ワキの仕事に行ったり行かなかったり。
土・日の休みなんてないから、結局夜だけなんです。


前座2年目ごろのお話。
その日は鈴本の夜席に入ってた。
楽屋の仕事も慣れてきて、来る日も来る日も着物をたたんで、お茶を出して・・・の繰り返し。

「あ〜、つまんないなぁ・・・」
「どっか、遊びに行きてえよなぁ」
「そうっすよね!行きたいっすねぇ。」
前座仲間のきょう助兄さん(現・志ん太)と、何気なく話してた。

「ハネてから、どっか出掛けたいなぁ。ねぇ、兄さん。」
「そうだな・・・。オレ、一旦師匠ン家に戻って、それからなら大丈夫だな」
「いいっすね。どこ行きましょっか?」
「せっかくだから、クルマ借りて出掛けよう!」
「イエ〜ィ!さすが、兄さん!」


そんな、思い付きでお出掛けが決まったのだ。

きょう助兄が師匠のお宅の用事を済ませて、車を借りて中野まで迎えに来てくれたのが夜10時半ごろ。
とりあえず走り出す。

誰かを捕まえよう!ってんで、さん市兄さん(現・喬之助)にTel。
「兄さんさぁ、これから遊びに行かない?」
「おぅ、いいけど・・・、どこ行くんだよ?」
「まだ決まってないン。とりあえず、車があるからどこでもOK!」

捕獲に成功。
道連れ。 三人旅。

(さん、きょう、小

市 「どこ行くかだよな。」
助 「横浜あたり行ってみようか。」
駒 「兄さ〜ん、オレ、温泉がいい!」
市 「は?何だよ、温泉って。どこなんだよ」
駒 「温泉に連れてって!どっかないの?」
市 「そりゃあるけど、もうこの時間じゃやってないだろうよ」
助 「そうねぇ・・・、草津だったら24時間入れるところがあるけどねぇ・・・」
駒 「さすが!きょう助兄さん!」
市 「おい!お前、草津ってどこだか分かってるのかよ」
駒 「ニッポン」
助 「だいたいなら道分かると思うけど」
駒 「草津〜!くさつぅ! で、兄さん、草津って、どこらへん?」
助 「群馬の奥のほう。」
駒 「群馬・・・。クルマでどのくらい?」
助 「3,4時間はかかるな」
駒 「え〜、そんな遠いの?マジっすか?」
市 「どうすんだよ、どこ行くんだよ」
駒 「温泉がいい〜!温泉入りた〜い!」
助 「・・・、じゃ、行くか。」
駒 「マジ?!いいんすか?! やった〜〜!!」


これから、怒涛の爆走。
関越道を北に進む。
時速140Km +α (多分気のせい)
捕まりゃ、一発免停だな。
藤岡Jctから長野方面・上越自動車道へ。
碓井軽井沢で下りて、浅間山の裾野を回って群馬県に入る。

ここら辺は人家もなく、街灯もない。
深夜、車のヘッドライトに照らされた道だけが浮かび上がる。

「あそこに自販機があるから、ちょっと休憩しよう。」

外に出たら、これが寒い!
あ、そう、10月ごろのお話です。

ふっと見上げると、満天の星空。
「ちょっと!兄さん!空・・・!星がすごい!!」
「え・・・、は〜、こりゃすげぇや!」

こればっかりは、ナマで見ないと伝わらないね。
ホント、真っ暗なんだから。

「これ、車のライト消したら、マジで真っ暗じゃない?」
「ちょっと、試してみるか・・・・・」
・・・・・・
「うわ〜〜〜!!!マジ? 何にも見えないよ!」
「怖い、怖い! もういいから!」
「は〜、怖いっすねぇ。これだけ暗いと。」

そう、以前にも経験したことがあるけど、真の闇って見たことあります?
ほんッと、怖いっすよ。
とにかく、何にも見えない。自分の手さえ見えない。
本能的な恐怖感ですね。
ほんの数秒でしたけど。もちろん、すぐ点けました。


再び、北に向かって走り出す。
ほとんど車は走ってないから、ものすごいスピード。
朝までに戻らないと、師匠ン家があるから。


長野原から草津道路に入る。
距離にすると、まだ10キロ近くあるだろうけど、・・・なんだ、この匂いは?
これはもしや・・・・、イオウの匂いじゃ・・・?

「ねぇ、そうじゃないっすか?兄さん」
「え・・・、わかんないなぁ」

オイラの嗅覚は確実に捕らえていたんです。
温泉レーダー。


そうこうしているうちに、草津温泉の標識が見えてきた。
「えーと、確かここを曲がって・・・」
「よく兄さん、わかりますねぇ!」
「昔、来たことがあるから。多分この道でいいんだと思うんだ・・・」

ここまで来ると、もう硫黄温泉の匂いでいっぱい。
両脇には温泉宿が。
至る所から湯気が出てる。
高まる期待。早まる鼓動。
細い道を下っていくと・・・・、じきに広い所に出る。

「さ、着いたぞ!」

ふと前を見ると、そこは濛々と、とてつもないくらい湯気が立ち上っていた。
車を飛び出し、駆け寄った・・・

「兄さん!!! 何ですかあれ!!!」

そこにあったのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




そう、そこにあったのは・・・・・

湯畑
草津名物、湯畑!!

もう、すごいったりゃありゃしない。
デカい池みたいな、これ全部が”湯”なんだぜ。
ものすごい湯量で、しかもライトアップされてて湯気がゴウゴウと上がってる。
かなり熱いのか。近づくだけで、熱気に圧倒される。

湯畑

だって、いきなりだぜ。
クルマかっ飛ばして草津まで突っ走って、降りたとたんに目の前には一面の湯・ゆ・ユ・・・
何の前知識もないんだから。
これで驚かないほうがおかしい。

「何すか、これ?!すごいっす!!!」
はしゃぎまわるオイラ。
「それだけ喜んでくれると、ここまで来た甲斐があるよ。」と、さん市兄(現・喬之助)。


「ここ、夜中でも入れるんだよ。」ときょう助兄(現・志ん太)がすぐ脇の建物を指す。
「え?これって、宿じゃなくて?ヘェ〜〜、いくらなんすかぁ?」
「共同湯だから、タダだよ。」
「へ?タダ?何で?」
「町がやってるからかな。泊り客も入りに来るんだよ。夜中でも。」
ん〜、もう卒倒しそう〜!恐るべし、草津!


さっそく”白旗の湯”なる共同湯に突入だ!
白旗の湯
タダだから、当然受付も何にもない。
中に入って、再び呆然とした。
ここは隠れた歴史的建造物か?!
そりゃァもう、時代の付いた木造りの雰囲気いっぱいの小屋。
湯船が二つあって、惜しみなく草津の源泉が流れ出している。
写真じゃ分かり難いけど、左の天井が高く突き出てて、またそれも独特の空間を作り出してる。

「熱ッ!」
冷え切った体に、草津の源泉は容赦ない。
そう、オイラは熱い湯が苦手なんす。
だらしがない? 余計なお世話じゃ!
でも、寒いんだよねぇ。峠を越えるときに、表示板に”2℃”って出てたから。
でも、よくしたもので、大きなタライに水が張ってある。
だからといって、これで埋めちゃいけません。
源泉ですから。割ってないのが値打ち、らしい。
こういう時には、反対にタライのほうに湯を汲めばいいんすよ!
じきに体が慣れる。
そうなりゃ入り放題、浸かり放題。

10分も浸かってたかなぁ。すっげえフラフラ。
温泉は湯が柔らかいんで油断してると湯当たりしちゃうんだ。
しかもここ草津は共産制、もとい、強酸性。
肌にピリピリッと来る。
試しに舐めてみた。
・・・ぼへぇ〜〜! マズッ!
舌にもピリピリッと来る。そして酸っぱさと鉄分みたいな味覚。
後で聞いたら、この白旗の湯ってのは源泉に一番近くて、最も濃いんだそうだ。
お肌の弱い方は気を付けませう。


これが夜中の2時ごろだよ。
先客が帰って、オイラ達の貸切り。
こんな気分のいいこと、ありゃしない!
浸かって出て、浸かって出て・・・
1時間以上は入ってたな。
かえってグッタリしたかも?!
でも心地よい疲れ。

「えーと、もうすぐ3時か・・・。じゃ、そろそろ帰るか。」
湯冷めしないうちに車に乗り込んで、来た道を帰る・・かと思いきや。
今度は別方向に走り出す。
自慢じゃないがオイラは”超”の付くほどの方向音痴なんで、どこをどう行ったのかまったく分からん。
ただでさえ土地勘のない所なんだから。

また飛ばす、飛ばす!
くねくね山道をグイグイ走り続けること1時間、関越のインターが見えてきた。
さらにすっ飛ばして、無事ご帰還と相成りました。


きょう助兄、レンタカー屋に返却。
「ェと、ご利用は8時間で、走行距離が・・・600キ、、、ろ、600km?!?!
どこ行かれたんですか?!」
そりゃ、驚くわな。

ラーメンをご馳走になって、無事解散。
家に戻って、程なく師匠ン家へ。
温泉臭が体に染み付いてたけど、まさか師匠だって
コイツがさっきまで草津の湯に浸かってたなんて気付かなかっただろうな。
かなり疲れてたけど、その日もハイテンションでした!

・・・こんなことばっかしやってたわけじゃないんすよ!前座時代に。

(ここまの心より抜粋)

BACK